京都マラソンで味わった後悔と感動、全部さらけ出します

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京都マラソンで味わった後悔と感動、全部さらけ出します
挑戦のきっかけは一本のメールだった

走り終えた足を引きずりながら、鴨川沿いのベンチに倒れ込んだ。シューズを脱ぐと、両足の小指には立派な血マメ。右膝からは鈍い痛み。完走メダルを首から下げたまま、しばらく空を見上げて呆然としていた。正直に言う。心の八割は「もう二度と走るか」だった。でも残り二割が確かにこうつぶやいていたのだ。「来年もまた、ここに立ちたい」と。

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京都マラソンとの出会いは、一本のメールから始まった。2025年の初夏、マラソン趣味の同期から「京都当たったんだけど、お前も来年どう?」と誘われたのだ。当時の私は月に二回、気が向いたら5キロ走る程度のなんちゃってランナー。フルマラソンは未知の領域だったが、「京都の街を自分の脚で巡れるなら」というミーハー心と、何より「当たったらでいいか」という軽い気持ちでエントリーした。抽選倍率は2.7倍。どうせ外れるだろうと思っていたら、秋口に当選メールが届き、運命が決まった。

ぶっつけ本番は無理だと悟り、三日後には近所のスポーツ用品店に駆け込んだ。店員さんに「初めてフルマラソンに出ます」と告げると、まず足型測定から始まった。私の足幅は標準より広く、今まで履いていた靴はハーフサイズ小さかったらしい。「マラソン中は足が膨らみますから」と言われ、ワンサイズ上のシューズを購入。これが後々、運命を分けることになる。週末の皇居ランニングから始め、少しずつ距離を伸ばした。12月には初めて30キロ走に挑戦し、翌日は階段を手すりなしで降りられない自分と対面した。が、不思議と嫌ではなかった。目標に向かう日々は、デスクワーク中心の生活に張りを与えてくれた。

そして迎えたレース当日。2月の京都は底冷えがする朝だった。スタート会場のたけびしスタジアムには、マリオの帽子をかぶったランナーや、お揃いの着ぐるみを着たグループが所狭しと集まっている。トイレはどこも長蛇の列で、結局スタートブロックに着いたのは号砲10分前。いよいよだ、という緊張で指先がかじかんだ。

号砲直前、隣の中年男性が「楽しもうぜ」と声をかけてくれた。私は無言でうなずいた。あのとき「はい」と返せていれば、もう少し肩の力が抜けていたかもしれない。

号砲が鳴っても、私のブロックがスタートラインを越えるまで10分近くかかった。狭い道にランナーがひしめき、自分のペースをまったく掴めない。想定よりキロ30秒以上遅い。焦って蛇行しながら人を抜こうとするが、それが後々響くことになる。

最初の5キロ、桂川沿いのハイタッチゾーンで沿道の子どもたちと手を合わせた瞬間、思わず笑みがこぼれた。風は冷たいが、差し込む陽射しが気持ちいい。「これがシティマラソンの醍醐味か」と感動したのも束の間、15キロ過ぎからコースは「きぬかけの路」と呼ばれる上り坂に差し掛かる。ここで一気に体力を削られた。心肺が苦しい。それでも沿道のお坊さんが「よう来たねえ」と声をかけてくれて、妙に心強かった。

中間地点を過ぎたあたりで異変が起きた。右足の薬指に鋭い痛み。血マメの予感が走った。新品シューズを信頼しすぎて、テーピングを怠ったのだ。さらに25キロすぎ、エイドで「都こんぶ」を見つけて口に放り込んだが、酸っぱさで顔が歪む。これが逆に眠っていた感覚を呼び覚まし、不思議と足が前に出た。生八つ橋、千寿せんべい、イチゴ――エイドに並ぶ京菓子を一つずつ味わいながら走るのは、観光気分も味わえて最高だった。給食をエイドでちゃんと食べられた自分がちょっと怖かった。

しかし苦難は30キロからが本番だった。世に言う「30キロの壁」を身をもって体験した。植物園前の38キロ付近の上り坂では、ついに足が止まった。太ももが攣り、立ち止まって伸脚する。隣では同じように悶絶するベテランランナーが「これが京都マラソン本番や……」とつぶやいていた。悔しさと情けなさで視界がにじむ。舞妓さんの応援にも手を振る余裕がなくなった。

残り3キロ、ここで諦めたら一生後悔する。歯を食いしばって走り出すと、沿道から「あとちょっとやで!」と声が飛ぶ。その言葉だけを頼りに、一歩一歩を踏みしめた。平安神宮の大鳥居が見えた時、胸の奥が熱くなった。ゴールゲートをくぐった瞬間、時計は4時間27分を示していた。目標のサブ4には遠く及ばなかったが、立ち尽くしたスタジアムの空がやけに美しかった。

ゴール地点で手渡されたおにぎりとスポーツドリンクの味は、言葉にならないほど染みた。首にメダルをかけてもらい、初めて「完走したんだ」と実感が湧いた。

京都マラソンを経験して痛感したのは、準備の大切さだ。シューズは十分に履き慣らし、テーピングやワセリンで摩擦対策を万全にすること。エイドの給食だけに頼らず、ジェルや塩タブレットは自分で携行するべきだった。防寒対策も必須で、特にスタート前の待機時間は震えるほど寒い。100均の雨合羽や使い捨てカイロは重宝した。そしてなにより、最初の10キロは意識的にペースを抑えること。つい周囲に流されて飛ばしてしまう自分を戒めることが、後半の地獄を回避する鍵になる。

向いているのは、タイムより体験を重視する人だ。沿道の声援や京都の風情を楽しみながら走りたい人には、これ以上ない舞台である。逆に、自己ベスト更新だけを目指す人や、平坦なコースでストレスなく走りたい人には向かない。コースはアップダウンが多く混雑するため、精神的な余裕がないとただの苦行になりかねない。実際、「もう二度と走りたくない」とゴール直後に本気で思った自分がいるのも事実だ。

それでも私は、翌年のエントリーを決めた。辛さも後悔もひっくるめて、あの日の体験は私の宝物になった。完走メダルは今、机の引き出しで鈍く光っている。見るたびに思い出すのだ。血マメの痛みと、沿道の温かさと、大鳥居の下で感じた誇りを。京都マラソンは間違いなく、私の人生を変えた42.195キロだった。

ランニング・マンEmilia Jones

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[紹介元] マラソン速報 京都マラソンで味わった後悔と感動、全部さらけ出します
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